錫杖岳 北東壁左ルンゼ

3/1 山野井さんと錫杖岳北東壁左ルンゼへ行ってきました。
参考までに・・・
3:00 槍見温泉
6:30 取付き
9:00 上部雪田
11:30 岩小屋
12:30 槍見温泉
当初上部雪田から烏帽子岩を左から巻いて本峰を目指す予定でしたが、巻道が悪く右側からトラバースをして下降しました。

記 古畑


ヒマラヤAbi北壁

期      間) 2016/10/18~11/11
メンバー) 山野井・古畑・遠山
場      所) ヒマラヤ ゴーキョ北側 Mt.Abi北壁

10/18 成田~マレーシア経由~ネパール(カトマンズ)
10/19 カトマンズ滞在
10/20 ルクラフライト~パグディン
10/21 パグディン~ナムチェ
10/22 ナムチェ~ドーレ(近くの山へ高地順応)
10/23 ドーレ~マチェルモ(近くの山へ高地順応)
10/24 マチェルモ~ゴーキョ(ゴーキョピーク手前まで高地順応)
10/25 ゴーキョピークへ順応登山
10/26 レスト
10/27 Abi北壁へ偵察
10/28 レスト(装備チェック)
10/29 レスト
10/30 ゴーキョ~Abi取付き手前キャンプ地
10/31 Abi北壁アタック~5650m付近~5500m付近でビバーク
11/1  5500mより下降~キャンプ地~ゴーキョへ
11/2  ゴーキョ滞在
11/3  ゴーキョ~ドーレ
11/4  ドーレ~ナムチェ
11/5  ナムチェ~パグディン
11/6  パグディン~ルクラ
11/7  ルクラフライト~カトマンズ
11/8  カトマンズ滞在
11/9  カトマンズ滞在
11/10   カトマンズ~マレーシア(トランジット)
11/11   マレーシア~成田

2016/10/18~11/11までの25日間でネパールヒマラヤへ山野井さん・古畑・遠山の3名で。古畑、遠山にとっては初めての海外・初めてのヒマラヤ、もちろんパスポート取得も初めてとなる今回・・・遠征が決まったのは2016年3月に3人で行った八ヶ岳の帰りの車中。それから10/18までの期間、ランニング、クライミング、数度にわたる富士登山と充実したトレーニングをそれぞれが行いあっという間に出発の日を迎えた。

10/18出発その日付のうちにカトマンズ入り。よくわからないままホテルへ。
10/19もろもろの準備のために町にでる。埃とクラクションの鳴り響き海外なんだと実感する。食べ物もお腹を壊すと聞いていたのでどうしても慎重になる。10/20ルクラへのフライト。これはこれである意味怖い。ポーターを2名雇う1日1人2000円以下の金額。初日はパグディンまで歩く。10/21パグディンからナムチェへ行くにつれて、景色はよくエベレストが見える。ヒマラヤに来たのだと実感する。10/22ドーレに入る。ここでは既に標高が富士山を超えていて古畑・遠山共に少しずつ高度を感じる。10/23マチェルモに着くころには高山病の症状も出てきている。ガイドのネパール人と山野井さんは問題なし。10/24ゴーキョまで古畑・遠山の2名はゆっくり歩くことにして遅れてゴーキョ入り。10/25ゴーキョピークからの眺めは素晴らしく今回の目標であるAbi北壁に西面が見える。翌日26日は体を休めるいよいよ27日はAbi北壁への偵察。10/27朝早くから偵察へ向かう。ゴーキョから北へ2時間、モレーン横断に2時間強、Abi付近まで2時間合計6時間以上でモレーンの上り下りだけでも慣れない2人には苦しい。肝心のAbi北壁は日本で調べていた状況と比べるとかなり雪が少なく想定していたラインを少しずらして登る可能性などを確認してゴーキョへ戻る。ゴーキョに戻ると偵察だけにも関わらずかなり疲労した。しかし登るんだ!という気持ちは高まった。28,29日はレストで体をゆっくりと休めるが筋肉疲労の回復は遅い。
偵察の結果、荷物を更に減らすため食糧を減らすことに。

30日ガイドにモレーン入口まで同行してもらいキャンプ地へ向かう、ここまで登山靴を運んでくれたガイドに握手、遠山、戻ったら町で酒を飲む約束を交わしている。
山野井さんは偵察時に設置したケルンに従い着実に歩を進めるが、歩きにくいモレーンであることに変わりなくキャンプ地につくとそれなりの疲労感を感じる。
疲労感からいって初日に5800mまで古畑・遠山で届かせて翌日、山野井さんで登頂を目指すのがベストではないかと思う。
テントを設置し古畑・遠山で1張、山野井さん1張、寒くとても寒い夜で薄いテントの山野井さんは、ほとんど眠れなかったようだ、古畑・遠山も暖かいダブルブーツのインナーがモレーンの歩行で汗をかき冷たくてたまらない。。。
31日朝3:0起床、テントをたたみ5:00出発、6:30頃にはガレ場を登りきり1ピッチ目の岩場を古畑リード、上部は傾斜の緩い雪で一度ロープを解除して、登りやすいラインを上がる。多少傾斜も増してきたがロープなしで上がり9:00、2ピッチ目を古畑リードし5450m付近へ到達。その後遠山リードへ11:00頃3ピッチ目トラバース、4ピッチ目に氷のセクションと優しい雪面、このあたりから難しい数メートルがあったかと思うとしばらく優しいダラダラした傾斜が続き思ったように標高を稼げない・・・遠山、全力を尽くしているようで一歩一歩が苦しそう・・・古畑もフォローでも苦しくなってきた。時間はすでに14:00、山野井さんからも今日リード交代してしまうと疲労から明日苦しく登頂できない可能性が高まると言われるが、その事はよくよく理解しているため、遠山更に1ピッチ伸ばすも苦しい。
ここで敗退を決断。決めた途端に古畑・遠山は涙が溢れだす。
悔しい。
5500m付近にビバーク適地があったものの、上部での可能性と敗退用支点を見出すべく山野井さん1ピッチ上がる。このまま5800mまで進むとしてもあと4時間は必要だろうと判断。16:50に敗退開始し5500mビバーク適地でテントを設置、適地とはいえもちろん横になることは出来ずロープで互いを結びあってテントの中で座ってビバーク19:00。ウトウトして朝5:00下降に向けて動き始める。山野井さんによる的確な支点工作により数ピッチにわたる懸垂下降で12時半キャンプ地へ到着。
たった2日間の登攀とは思えぬ疲労感から倒れこむよう横になる。数時間体を休めた後、ゴーキョへ向けて出発する。ゴーキョへ着いたのは何時だろうか?ガイド、やロッジのオーナーが異常に優しい・・・よほど疲れた顔をしているのだろう。
疲れているはずのその晩、古畑と遠山は興奮しているのか寝付けず夜遅くまで話しをする。
翌日朝は当然起きれず。
この日を休養にあて翌日11/3から下山のためドーレへ向かうが山野井さん遠山の体調が悪く、特に山野井さんの状態は酷く辛そう。2日間の登攀で皆ボロボロになっている帰路次第に山野井さんの状態が良くなると古畑が体調不良、結局ネパール滞在中はずっと疲労感を感じたままだった。11/8にはカトマンズへ戻り、ちょっとした観光などをしたのち11/10の飛行機でマレーシア、11/11成田へと戻ってきた。
結果は敗退で、今思い返しても悔しいが、とても充実した時間、素晴らしい経験を積むことができた。当初から話しをしていたのだが金銭もシンプルに行いたいという思いもあらかた叶った。素晴らしい25日間だった。

参考・2016/10時点で1ルピーは約1円
カトマンズでペットボトルのコーラ約70ルピー/炒飯150ルピー程度か
エベレスト街道では上にいくほど値段が高くなるが炒飯500ルピー程度
今回の飛行機代・保険・ビザ代・食費全て含め約30万/1人

(記)古畑